3月 6日号

大屋富士
大屋出身の方には、大変懐かしい山だと思います。通称大屋富士です。けして高い山ではありませんが、大屋の中心部にあり、山の格好から、大屋富士と呼ばれてます。町民のみなさんに愛されている山です。大屋小学校の校歌に「夢と希望 だきしめて 行けばあふれるこの元気 春には登ろう大屋富士 夏には泳ぐ大屋川」と現在でも歌い続けています。当方昭和38年3月卒 この山を見ていただければ大屋の山の様子が解っていただけるのではないかと思います。更改の度にこの山の写真も更改していきます。

<今日の様子>

大屋富士も春らしい風景になり始めました。梅の木は花が開き始め、やっと春らしくなり始めました。最近感じるのは、夕方6時だったら真っ暗でしたが、今は明るくなり、もうすぐ春分だなと言う感じがし始めました。今日啓蟄ですが、私は少し前にもう虫を見たり、つばめがもう飛んでいるのを見たり、逆に啓蟄っていつだったかなと言う感じがしていました。やはり今年は冬は暖かったようです。
イランにアメリカ軍が爆撃をしたって聞いて驚きました。私の新入社員の頃、日本の石油と言えば、イラン。三井物産が、コンビナートを作ったりして、日本の投資がすごい国でしたが、こんな国になるなんて驚きました。そしていろんな国との小競り合いが始まり、これが大きくならないように願うばかりです。小学生が犠牲になったという話を聞くとやはり犠牲になるのは力のない子ども達だなということを痛感しました。今日本では野球にばかりしか注目が集まっていないようで、なんか寂しいです。最近は政治を見ると本当に頭にくるので、見ないようにしていますが、でもアメリカのやっていることって、ちょっとどが過ぎていると思います。大統領夫人が安保理の議長なんて驚きました。アメリカの人なんとかして、今やっていることって、大統領の私利私欲で、政策が動いているようで、私が尊敬していた、アメリカとはかけ離れています。リコールがないなら、弾劾でもなんでしてと言う感じです。戦争が大きくならないように、ベトナム戦争の時のように、世論が戦争を終結するように願うばかりです。今年はサッカーワールドカップ、開催地なんですから。
週末には雪が降るようで、寒い1週間のようです。ここをのりきれば、春がやってきます。今度の雪がなごり雪になるかもしれませんね。早く戦争が終結するよう願っています。
(3月 5日掲載)











ふきのとう

先週ぐらいから、ふきのとうを探していたんですが、市場には地物が入荷しているのに、今年は遅いなと思いながら、でもそれは私の勘違いでした。いつもより暖かいから、そう思っていたようで、見つけたのは、例年より1週間ほど早かったようです。散歩の時はいつも出る所に行くと黒いビニールシートが貼ってあり、今年は別のところを探せねばと思って探しました。まだ出たてのところを探せたようでよかったです。私はふきのとう苦いのであまり好きではありませんが、天ぷらにすると揚げたては本当においしいですね。1年にこの時期しか食べられないので、あまりおいしいものではありませんが、春をかじる食べものとして大切にしています。ツクシも散歩の時いつも出ているところに行くと注意深く探していますが、まだまだのようです。
(3月 6日掲載)























三つ叉、免許皆伝

雪解けで冷たい川が流れる河岸には、ミツマタの花が咲きはじめました。三つ叉は和紙の原料で、私も福井県で和紙をすくのを見たことがありますが、新入社員の研修で見に行った時、この寒い時に、冷たい水に手をつけながら和紙をすくう姿を見ながら、私だったら出来ないなんて思っていましたが、そんな事を思っていたのが懐かしいです。私も今では年中冷たい水を使い、魚料理しているんですから。和紙って強いですね。右の写真は江戸の後期の因州和紙ですが、こんな紙が今でも残っているんですからね。一部虫食いはありますが、きれいに残っています。おばさんの話では、大きな木で作ったつづらみたいなものに入っていたらしく、右の写真は、私の祖先のもので、「武蔵円明流」の免許皆伝です。私の小さい頃、赤胴鈴之助という漫画があり、少年画報という本の中に連載されていました。その中によく北辰一刀流免許皆伝と言う言葉が使われていて、それを覚えていて、私の母の実家から、この書類が見つかった時、これが免許皆伝かと思いました。すごいものがあったと思いました。真ん中写真は剣術の技で、右は武蔵円明流の当時の宗家師範の名前が書かれ、最後に書かれている名前は、私より5代前の祖先です。
姫路城は入場料市民以外は、3000円らしいですが、市民は安いようで、姫路城を建てた殿様の家来の家族にも割引をしてほしいと思います。笑い話ですが。姫路城を建てた人は、池田輝政様ですから。私の祖先には殿様の奥様の良正院様(徳川家康様の次女)に老女として仕えた人もおられます。もちろん祖先達は池田家の家来でした。、
(3月 6日掲載)





































               























































才木商店へ