<今日の様子>
日本に何十年に一回の大雨が毎年のように降るようになり、ウィルスもですが、自然災害が多くなり、本当に恐い時代になりました。特に最近毎日のように地震が続き、どうしたんだろうなと思いながら心配していたら、今度は大雨。日本どうしたんでしょうかね。中学の時必ず憶えさせられた九州の有名な川が氾濫。特に球磨川私がサラリーマン時代お世話になった会社があった多良木がテレビで映ったときどうしたんだろうとびっくりしました。ひどくならなければいいのになんて見ていました。そして岐阜の飛騨川の氾濫。高山に行くとき電車の中から見るきれいな飛騨川とは全然違っていました。昨日は3ヶ月ぶりに薬をもらうために病院の予約があり、一昨日天気予報を見ていたら、予約時間の7..8.9時が大屋では最高に降る時間になっており、家内が、一時間28㍉になっているとびっくり。少しぐらいだったら遅れていったらと、あまり見ない数字にびっくり。私長年見ているので、大屋の一時間の最高の降水量は12016年9月8日に89㍉という記録があったのを知ったんですが、でもやはり久しぶりに見る数字だったし、九州のこともあるのでやはり恐かったです。天気予報のソフトを寝る前見たら10㍉になっていたので、ホットして寝ました。京阪神はすごかったようですが、前線が通った影響か蒸し暑くなりました。来週も18日までですが、雨の日が多く、、梅雨明けのような様子ですが、なかなか開けないようです。今年は養父市小学校も中学も夏休みはお盆だけなので、梅雨明けなんて関係ないようです。今年は海の家をしている海水浴も少ないようです。
でも先週9時頃鮎公園付近の川原でとても恐い風景を見ました。雨上がりなのに、家族全員で川に入っていました。他府県ナンバーで事情は知らないと思うけれど、開放感でしておられると思いますが、増水したらどうするんだろうととても恐かったです。
こちらでは来週の日曜日まで水曜日以外は天気予報では雨ばかり。21日には土用なのに困ったことです。
(7月 9日掲載)






















クチナシの花

少し明るく、今は暗い話ばかりですが、こんな時は花がいいですね。この花をご存じですか。ほとんどの方が、ご存じないと思いますが、名前をいえばご存じの方が多いと思います。クチナシです。歌ではよくご存じですね。でも若い人は無理ですか。この花が枯れたら実がなりますが、この実がきんとんなどの色づけに必要になります。この実を使うと黄色があざやかなになります。
歌にもですが、白色だけだと思います。花はすぐ黄色く変色します。ですから白い間は短い期間だけです。

(7月 9日掲載)




























キキョウ


夏の花の登場です。私にとって、このページにとっても大変関係深い花です。デジカメで一番最初撮った花がキキョウであまりにもきれいだったので、それ以来デジカメにはまりました。私の持ったデジカメはデジカメの中でも、古く、ホームページを作るために買いました。20万30万していたデジカメが10万円を切るということで、買いましたが、当時のカメラの機能といえばバカチョンカメラみたいな機能しかありませんでした。今のデジカメはいろんな機能があるけれど、パソコンに取り込んで使うだけでした。でもそれがすごいことだと思いました。昔だったらフィルムを買い現像し、プリントしたらすごい時間とお金がかかり、パソコンに取り込んだだけで楽しめたのですから、そのデジカメも携帯にその座を奪われ、私の好きだった機種の後継機種が出てきません。今使っているカメラを仕方なく使っていますが、写真からすると以前使っていた方の写真の方が好きです。
キキョウは料理人にとって一番最初に細工包丁の時に習う花の形です。キキョウを作って、梅を作り、桜を作り、木立などと進んで行きます。
キキョウは私にとってあまり関係ないと思っていましたが、母方の祖先たちの墓を見た時、祖先のうちの一軒の墓にキキョウの家紋が使ってありました。何年か何の家紋だろうとわかりませんでしたが、土岐桔梗でした。今NHKのドラマ麒麟がくるで目にする家紋です。明智家の分家らしくその家紋を使っている様です。私達の中にも岐阜県の血が流れていることを知りました。

                          

(7月 9日掲載)



















私の江戸時代の祖先にも感染症の記録が

安政六未十月二十五日                    江戸          

 一,       百々鉄太郎儀、にてれ申さず急に出勤の覚束なきに付き御役御免御国への願い奉り候ところ病気の儀に付き願い通り御役御免御国への御暇わせられる旨仰せ出され候事

これは私の祖先の家譜です。原本は鳥取博物館が所蔵されているんですが、母が亡くなる前に百々の墓は私の代だけになると思うけれど、お守りするからと言って引き継ぎ、その墓は江戸時代にしたらいい墓があり、その墓の中に、鉄太郎安政6年江戸にて死す。と書かれた墓があり、まさか安政の頃といえば尊皇攘夷の事件が多く、まさか巻き込まれたのではと思いながら調べてみたいなと思っていて、何年か後に、この墓は鳥取の興禅寺というお寺の境内にあり、そこの住職に祖先のことを一度調べてみたいと話したら、もしよろしければ過去帳を見られますかと聞かれ、見せて頂きましたが詳しいことが書かれてなく、うちの檀家さんだったら鳥取博物館に家譜があるから行かれたらと言う事で、行って私の知っている祖先たちの各家ごとに家譜をいただき、調べたら、墓に書かれていた人は傷寒で亡くなられていました。そしてしばらくしたら、江戸時代にタイムスリップする医療ドラマ「仁」が始まり、傷寒と書いていた病気がだいたいわかり出しました。安政5年には江戸ではころりが流行したと言う事。安政時代江戸で三万人もの人がなくなったとのこと。4年後の文久2年に再流行したそうです。麻疹と一緒になり、数倍の死者が出たそうです。
今回のコロナ騒ぎで東京が多いと言うことでまたまた思い出しましたが、祖先に東京で感染症にかかった人がいたという記録がある事に驚いています。今日も東京では224人。大阪では30人。驚くぐらい増えています。第二波でないことを願っています。
コロリみたいにならないように早い対策をお願いしたいです。
兵庫県も5月16日から6月19日まで感染者0でしたが、今は毎日のように出ていますが、但馬は0人。早くおさまるよう祈っています。私も今までいろんな感染症にかかり、恐怖感がありコロナウツになりそうです。
(7月 9日掲載)